小林健太 個展「”TOKYO”」 [ 6/12 (Fri) – 7/4 (Sat) ]


 

 

写真家とは何を行う人物なのだろうか。

かつてその定義は比較的明快だった。写真家は現実を撮影し、その記録を社会へ提示する存在であり、写真は現実との物理的接触によって成立するため、絵画や文学とは異なる証拠能力を持つ新しいメディアだと考えられてきた。しかし生成AIの登場によって、この前提は急速に変化しつつある。現在、写真的なイメージは必ずしも撮影行為を必要としない。むしろ重要になりつつあるのは、既存のイメージ群をどのように編集し、接続し、新たな視覚経験として提示するかという点である。

その意味において、小林健太は写真家という職能の変化を早くから実践してきた作家と言えるだろう。小林は自らを「GUIネイティブ」と呼ぶ。Macintosh、Photoshop、インターネットとともに成長した世代として、彼にとって写真は撮影された後に加工される対象ではなく、編集され続ける環境そのものであった。代表作《#smudge》シリーズは、その象徴的な実践である。そこでは撮影された写真そのものではなく、画像編集という行為自体が作品化されていた。今日、多くの議論が生成AIによって写真が変化したと語る。しかし小林の実践は、それ以前から写真を単独の記録媒体ではなく、複数のイメージが接続されるネットワークとして扱ってきた。本展「TOKYO 2025」は、その問題意識を現在のAI環境へ接続する試みとして位置づけられる。近年、小林は生成AIを用いた制作を継続している。しかし彼の関心は、AIによる画像生成そのものにはない。むしろ興味の対象となっているのは、AIが世界をどのように認識しているのかという視覚思想である。

例えば、AIへ「Tokyo」という言葉を入力したとき、生成されるのは現実の東京ではない。それは世界中で流通している膨大な東京の画像群から導き出された統計的な東京である。個人の記憶としての東京でもなければ、特定の場所としての東京でもない。無数の視線が集積した結果として立ち現れる、いわば「東京の中央値」である。中央値とは、突出した個性を持たない地点である。しかし興味深いことに、AIによって導き出される東京の中央値は、しばしば強い情緒を帯びる。そこには都市の活力や中心性よりも、むしろ匿名性や喪失感が現れている。AIは東京を理解しているのではない。東京について流通してきた膨大な記憶の残滓を再構成しているのである。しかし本展において重要なのは、その中央値からこぼれ落ちるものの存在でもある。

我々は10代の頃、齋藤恵汰が渋谷で主宰していた「渋家」に、それぞれ異なる経緯から参加した。そこで同じ時間を過ごし、同じ釜の飯を食い、多くの経験を共有した。振り返れば、何によって信頼関係が形成されたのか、その理由を明確に説明することは難しい。思想が一致していたわけでもなく、利害が一致していたわけでもない。しかし確かに、そこには現在まで続く関係性が生まれていた。その経験は、ある意味でAIが生成する「東京の中央値」と対極に位置している。中央値とは、多数の視線から導き出される平均値である。しかし人間同士の関係性は、多くの場合、平均化できない偶然によって成立する。統計的には説明できない出会い、再現できない時間、合理化できない信頼が存在する。

今回の個展もまた、そのような文脈の延長線上にある。それは競争原理によって選ばれた企画ではなく、市場的な評価や制度的な序列によって導かれたものでもない。むしろ、ある時代に共有された経験と、その後も継続した対話によって成立した展覧会である。東京は、常に他者との比較を要求する。作家、キュレーター、ギャラリー、それぞれが評価と競争の構造の中に置かれている。しかし我々は、その構造そのものに強い関心を持っていない。むしろ関心があるのは、まだ出会ったことのない他者であり、まだ経験したことのない認識である。だからこそ本展ではAIという存在を積極的に扱うこととした。

Tokyo Débrisシリーズにおいて、小林は都市に散乱する色彩や反射、液晶画面や広告、CG的な質感を扱っていた。そこでは東京は断片化された情報空間として現れていたと言える。
一方、TOKYO 2025では彩度が取り除かれる。モノクロームは単なる表現上の選択ではない。色彩情報を削ぎ落とすことで、都市は現実の記録から距離を取り始める。そこに現れるのは具体的な場所ではなく、記憶のなかに沈殿した都市の輪郭である。その結果として作品は、未来の都市像というよりも、既に失われた風景を回想するような感覚を獲得している。
さらに本作では、Depth Mapが重要な役割を担っている。Depth Mapとは、本来、被写体との距離や空間の奥行きを測定するための技術である。しかし本作においてDepth Mapは、正確な空間を再現するためではなく、AIによる誤読を誘発するための参照情報として用いられる。そこから生成される奥行きは、正しい奥行きではない。奥行きらしく見えるが、どこか不安定で、どこか間違っている。そのため画面の内部には現実には存在しない遠近感が発生する。まるで都市そのものが記憶違いを起こしているかのような空間が立ち上がるのである。

小林はこれまでしばしば、AIを友人や幽霊のような存在として語ってきた。
その態度は象徴的である。友人とは対話の相手であり、幽霊とは不在でありながら存在し続けるものである。AIもまた、人類が残した膨大なイメージを記憶しながら、自らはそれらを経験していない。そこに蓄積されているのは現実そのものではなく、現実の痕跡である。TOKYO 2025に現れる東京の風景もまた、そのような痕跡の集合体として理解することができるだろう。

TAV GALLERYが本展において過去作品を再展示する理由も、こうした問題意識と接続している。
近代以降の芸術は、新作の生産によって更新されるものとして理解されてきた。時間は過去から未来へ向かって進行し、新しい作品が古い作品を置き換えていく。その直線的な時間観は、美術制度そのものの前提でもあった。

しかしTAV GALLERYが近年提示するPOST TIMEは、その前提を再考するための概念である。POST TIMEとは、近代的な直線時間の終焉を意味する。過去、現在、未来が一列に並ぶのではなく、複数の時間が同時に重なり合い、相互に参照される状態である。インターネットやAIの学習環境において、画像は制作年によって整理されているわけではない。十年前の画像も、昨日生成された画像も、同じデータベースの中で等価な情報として扱われる。時間はもはや前進するものではなく、検索され、接続され、再配置されるものになった。本展で紹介される過去作品群、とりわけ現在では生産不可能となったRICOHの印刷技術による作品は、その象徴的な事例である。それらは単なる歴史資料として展示されるのではない。AIによって写真の定義が揺らぐ現在だからこそ、新たな意味を獲得する。

TOKYO 2025は、新作展でも回顧展でもない。AIによって変化した視覚環境のなかで、小林健太の実践を複数の時間軸から再配置する試みである。そしてそこに現れるのは、現実の東京ではなく、記憶、統計、誤読、共同体、そして感傷によって構成された東京のイメージである。それはAIが見た東京であり、人間が記憶した東京であり、そして我々自身がいつの間にか忘却してしまった東京なのである。

 

佐藤栄祐

 


 

開催概要

名称 : 小林健太 個展「”TOKYO”」
会期 : 2026年6月12日 (金) – 7月4日 (土)
会場 : TAV GALLERY(東京都港区西麻布2-7-5 ハウス西麻布4F)[080-1231-1112]
時間 : 13:00 – 19:00
休廊 : 日曜、 月曜

 


 

小林健太 / Kenta Cobayashi

1992年神奈川県生まれ。2015年、東京造形大学造形学部美術学科絵画専攻領域卒業。東京を拠点に活動。

幼少期からMacintosh、KID PIX、プリクラ、画像編集ソフトなどのGUI環境に親しみ、写真とデジタル編集を通じて「真を写すとは何か?」という問いを探求している。代表作《#smudge》では、Photoshopの指先ツールで自身の写真のピクセルを引き延ばし、編集行為そのものを身体的な筆致として前景化した。近年はその実践を、アクリル、CG、映像、NFT、レンチキュラー、生成AI、インスタレーションへと展開し、写真、物質、記憶、都市、インターフェースの関係を扱っている。

2025年の個展「copycat」(WAITINGROOM、東京)では、自身の過去作を生成AIに参照させ、猫や花、東京のイメージを重ねることで、AI時代における写真、アーカイブ、模倣、誤読の関係を提示した。2026年には、Tyrone Williamsとの共作写真集『Flowers』(Photobook Daydream)を刊行し、The AI Art Magazine「SPATIAL INTELLIGENCE」screening program(Load Gallery、バルセロナ)にも参加。

主な個展に「#copycat」(WAITINGROOM、東京、2025)、「EDGE」(agnès b. galerie boutique、東京、2022)、「THE PAST EXISTS」(三越コンテンポラリーギャラリー、東京、2022)、「Tokyo Débris」(WAITINGROOM、東京、2022)、「#smudge」(ANB Tokyo、東京、2021)、「Live in Fluctuations」(Little Big Man Gallery、ロサンゼルス、2020)など。主なグループ展に「AI / POST PHOTO」(NOX Gallery、東京、2025)、「HYPER_IMAGE_SCAPE」(Ulsan Art Museum、韓国、2023)、「COMING OF AGE」(Fondation Louis Vuitton、パリ、2022)、「Hello World: For the Post-Human Age」(水戸芸術館、2018)、「GIVE ME YESTERDAY」(Fondazione Prada、ミラノ、2017)など。

2019年にはMark WestonによるDunhill Spring/Summer 2020コレクションとのコラボレーション、Virgil AblohによるLouis Vuitton Men’s Fall/Winter 2019およびLouis Vuitton 2054 Collectionのキャンペーンイメージを手がけた。作品はAsian Art Museum、Daisuke Miyatsu Collection、Tokyo Before/After(国際交流基金)、Amana Collection、Takahashi Collection、Ueshima Museum Collectionなどに収蔵されている。

https://www.kentacobayashi.com/