齋藤恵汰 初個展「丸いものをわる」 [ 6/5 (Fri) – 6/28 (Sun) ]

※金沢POOL SIDE GALLERYにて開催
齋藤恵汰は、家を借りることを、ランドアートだと主張し、その家である作品「渋家」を設立した人物として知られている。そのほかに、批評誌『アーギュメンツ』の創刊を手がけたり、金沢にあるアーティストインレジデンス「CORN」の設立に関わるなどの活動をおこなってきた。さらには、ShibuCreation株式会社の取締役および、株式会社BUCCHIGIRI Productionの取締役という一面を持つほか、アーツカウンシル金沢のディレクターを務めている。美術家という肩書では簡単には捉えがたい齋藤恵汰について、筆者の長年に渡る親交をもとに、考察を述べていきたい。
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齋藤恵汰を初めて知ったのは、震災後の2013年頃だった。彼がまだ A.k.a. 何々──DJクリスマスという名称で活動していた頃であり、Twitter(現X)上で言論空間を盛り上げていた特異な人物として、私の目に映っていた。「渋家」が美術作品であることを定義上成立させるために、あらゆる手段を問わず、論拠と行動を一致させようとしていた、極めて異常な人物として映ったのである。
「ニートじゃねぇ、アートだから」といった、今となっては陰謀論に近い、裸の男女がピラミッド状に組まれた写真へ貼り付けられた無謀なスローガン。あるいは、新左翼的な解放区/自治の言説、多様な関係者の特異性──。「渋家」は定義上、その空間において認められる「自由」である限り、いかなる行動も基本的には許容される共同体であった。今では口外不可能な自治制度や、月に一度、メンバー全員が活動方針について話し合う「全体会議」など、特殊言語やMemeに溢れた、いわばカルト的団体に近い場であり、誰かが些細な喧嘩を始めれば、それが終わるまで全員で耳を傾け、朝まで踊り、無意味な議論に徹する雑魚寝が半ば強制されるような、日々を過ごした。
組織は、「他者と共にいるための合理性=何もしない」を行使する、比較的暇な連中によって、その中心が形成されていた。彼らは対話を交わし、いかなる場合においても、未知の他者と向き合う余暇を「文化的態度」として保持していた。これが、一つ目の、齋藤恵汰が「何もしない」理由である。二つ目の理由は、彼は非常に目が悪い、ということだ。世界の全てを、ぼやけた概念的な何かとしてしか捉えられていなかった可能性がある。三つ目は、アーティストとして「何もしない」を真っ当すると、器用な他の美術家たちと並ぶような技術を獲得することは到底できない、という点である。しかしながら彼は、知的労働を駆使し、実存的問題を抱える仲間へのサポートやアドバイスを行い、彼ら彼女らを比較的優秀に育てることに成功していた。私もまた、育てられたそのうちの一人である。
彼は時折、友人としての私に夢の内容を話した。その夢とは、自分以外の友人たちが次々と金持ちになっていき、自分だけが一人取り残されていくことへの恐怖についてだった。しまいには、渋家メンバーのアイドルであるちゃんもも◎のフォロワー数の増加が羨ましいと言う始末である。コレクティブの性格として、当人は頂点どころか、最も下に位置していることがわかる。
渋家は住人を株主として定義し、同時にアーティストとして定義した。それらは、半強制的に「何者か」にさせられる装置でもあり、絶えず「何者か」を問われ続ける空間でもあった。私が渋家に所属したのは2013年。半年ほどの共同生活を終え、私は晴れてギャラリストとなり、早12年が経った。このような歴史を踏まえ、傍で彼の活動を見続けてきた者として、今回の初個展を担当するに至ったことを、誇らしくもあり、同時に不安にも感じている。
彼が影響を受けたのは、美術制度の中立性や権威性を「演出」として暴き出した Elmgreen & Dragset や、空間や建築物(不動産)を裂け目として捉えた Gordon Matta-Clark の「空間破壊」である。齋藤恵汰は、彼らの系譜を引き継ぎつつ、不動産と物語を主なモチーフとして扱いながら、作品成立条件そのものを「人間関係と共同体へ拡散させた作家」であると言えよう。彼が21世紀型の前衛表現として考え得る存在であるのは、制度批評を行いながら、制度への参加能力そのものが欠如した「主体化に失敗し続ける人間」だからであり、その言動のコンテクストの多くは、リレーショナル・アートの暗い変異種とも言える。
彼は度々、ステレオタイプな興行や制度批判を行ってきた。近年、私が異議を申し立てた彼の発言に、次のようなものがある。
「作品を表現の自律性として定義する。すると売買の発生は、基準を意味から価格へと転化する。固有性は消去され、所有権の移転は作品を私的財産へ閉じ込め、経験の共有性を奪う。市場は芸術的価値を歪め、投機性や希少性へ従属させる。したがって売買は作品を商品へと変質させ、作品は作品であることをやめる。」
作品を流通させる我々の構造的非対称性を利用した批判──これらのコンセプチュアルかつ実践的な言説は、私の耳には古く響き、20世紀型の古典的制度批評のように思われた。
彼は、作品を作ったことも、販売したことも、一度としてないのだ。(※正確には、2019年に駒込倉庫にて開催された堀崎剛志との二人展「表面と構造」展でインデペンデントキュレーターの長谷川新と、元ギャラリーアジトのオーナーの岡田真太郎に作品が販売されている。また、いくつかの絵画作品も発表されていたが、当人及び関係者の都合により無かったことにされている。)
それは、Maurizio Cattelanのような内部からの嘲笑ではなく、外部からの嘲笑として、この発言を受け取らざるを得ない。よって、本展を「個展」という名の審議にかける。
当展の狙いは、国家や資本、ブルジョワ道徳を敵としていた20世紀型コレクティビズムの理念と、その扇動的手法を参照しながら、それらを諦めざるを得なくなった後、制度化された個人主義の上にしか成立し得ない現代アートを、彼がいかに作品によって再編し得るのかを問う点にある。
言い換えれば、彼は周囲の制作者たちの活動を羨望するあまり、ほとんど全ての作品が「作品」として定義されることを、言説上で阻止し続けてきた。そのうえ、一個人(本人)への還元すらも許さなかった、極めて異例なアーティストとしての態度を保持し続けている。制度批評を行いながら、制度への参加能力そのものが欠如している──作家でありながら、作家性の成立そのものを拒み続ける。いわば彼は、21世紀型のポスト・オーソリアル・アーティストなのである。
作品という形式そのものを、新しい共同体条件へ変換することを目指し、21世紀型のコレクティビズムは一体どこへ向かうのかを検証する。当展における画廊の企画意図は、齋藤恵汰の正体と審議を探るためのものとして理解していただきたい。実験室へ運ばれた、アーティストと名乗るこの被検体が、一体何を行うのか──それを、共に観測したいのである。
佐藤栄祐
作家プロフィール
齋藤恵汰
1987年、東京都大田区生まれ。高校卒業後の2008年より、都市を舞台にしたランドアート/共同体実践『渋家』を始動。制度外から出発したこのプロジェクトは瞬く間に社会的議論を喚起し、「六本木クロッシング2013」(森美術館)にてディスカーシブ・プラットフォームに選出されるなど、2010年代を代表するキュラトリアル・プラットフォームとして言及されてきた。2014年〜15年、セゾン文化財団・森下スタジオおよび武蔵野文化財団・吉祥寺シアターにて演劇作品『機劇/非劇』を発表。2016年には原爆の図 丸木美術館において展覧会『私戦と風景』を企画・開催し、歴史的記憶と現代社会の関係性を主題とする実践を行った。2015年〜19年には批評誌『アーギュメンツ』を企画・発行(全3号)し、現代美術をめぐる理論的・実践的議論の場を形成。2019年より、東京の前衛芸術の拠点・美学校にてコンテンポラリーアートの講義を担当するほか、YouTubeチャンネル「芸術文化の勝手口」のパーソナリティとしても活動。2022年よりアーツカウンシル金沢ディレクターに着任。
web : https://x.com/_satoketa
開催概要
名称 : 齋藤恵汰 個展「丸いものをわる」
会期 : 2026年6月5日 (金) – 6月28日 (日)
会場 : POOL SIDE GALLERY( 〒920-0962 石川県金沢市広坂1丁目2−32 2F)[080-1231-1112]
時間 : 12:00 – 18:00
休廊 : 月、火、水、木
企画 : TAV GALLERY
